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祇園祭は牛頭天王の里帰り

更新日:8月8日


今から770年前の鎌倉時代建長6年(1254年)、

笠間城を築城した笠間時朝が、

下野国茂木小貫郷天皇森(てんのうもり)に鎮座していた

牛頭天王(ごずてんのう)社を笠間領地内の

石井村にある石井原天王塚に遷宮した。


その後、城下町の整備のために、

石井村の住民を大町に移住させ、牛頭天王も大町八坂神社に移した。


牛頭天王とは、悪疫を防ぐ神様。


そこで、病気平癒と領内の繁栄を願い、八坂神社から石井の天王塚まで、

牛頭天王が神輿で、町内渡しによって渡御するようになった。


それが現在の八坂神社祇園例祭の興りといわれている。


 笠間の民話には、天王様がある町人の夢枕に立ち、

「年に1度ぐらいは石井の社に帰りたい」と訴えたことから、

里帰りのお祭りを行うようになった、と記されている。


井筒屋1階にあるパネル展示のコーナーに、

昭和初期の神輿渡御の様子を掲示されている。

井筒屋旅館の前を神輿を筆頭に長い行列が続いている。


かつては3日制だったが、現在は2日制。


時代とともに変遷はあったが、今でも笠間の夏を彩る行事であることに間違いない。


笠間の繁栄をいつまでも牛頭天王様に祈りたい。



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